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東京地方裁判所八王子支部 平成6年(ワ)303号 判決

原告

甲田乙郎

被告

八千代電子株式会社

右代表者代表取締役

越後兼次

右訴訟代理人弁護士

岡昭吉

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  原告

「被告が、平成五年一二月二〇日、原告に対してなした解雇の意思表示が無効であることを確認する。被告は原告に対し、平成六年一月二一日から、翌月二〇日限り、一か月二六万円の割合による金員を支払え。被告は原告に対し、金七〇〇万円を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行宣言

2  被告

主文と同旨

二  当事者の主張

1  請求の原因

(一)  原告は、昭和六三年一二月九日、被告会社に機械設計技術者として雇用された。

(二)  被告は、平成五年一二月二〇日、原告に対し、解雇の意思表示をし(以下、本件解雇という。)以後、原告を被告の従業員として取り扱っていない。

(三)  原告は、本件解雇当時、被告から、毎月二〇日限り、月額二六万円の賃金の支給を受けていた。

よって、原告は被告に対し、本件解雇の意思表示が無効であることの確認、並びに平成六年一月二一日から、翌月二〇日限り、一か月二六万円の割合による賃金の支払いを求める。

(四)  原告は、被告会社の機械設計担当者六名の中で、最も勤続年数が長いのにも拘らず、被告は、原告に何の役職をも与えず、他の者は主任以上の役職に付けるという差別待遇をした。

また、被告は、平成五年一〇月頃、他の従業員が、原告の設計した装置に難癖をつけた揚げ句、原告に暴力を振るうことを助長した。

そのほか、被告は、常に原告の席を最前列に置き、あたかも監視されているかのような恐怖感を原告に与えることで、原告が正常に仕事がしにくいようにした。

被告は、原告と雇用契約を締結する際、「二〇年も勤めれば、社長になれるかもしれない」などと言って原告に長期の雇用を約束しており、また、当時原告が平成六年一月七日に客先の最終立会検査を受ける予定の装置のほか、いくつかの仕掛かりの装置を担当していたにも拘らず、前記のとおり、平成五年一二月二〇日、被告会社の業績不振を理由に、原告に対し解雇の意思表示をしたものであるが、被告は、原告に対する解雇の意思表示をする二週間程前に、翌月から雇用する予定で、二名の技術者の面接をしているのであるから、業績不振は口実に過ぎず、本件解雇は不当解雇である。

原告に対するかかる不当差別、不当解雇は、違法であり、被告の行為は、民法七〇九条の不法行為を構成するところ、原告は右被告の違法な行為により多大の精神的損害を被ったものであり、原告が被った精神的苦痛を慰謝するには、七〇〇万円をもって相当とする。

よって、原告は被告に対し、本件不法行為による損害賠償として、七〇〇万円の慰謝料の支払いを求める。

2  請求の原因に対する答弁

(一)  請求の原因(一)ないし(三)の事実は認める。

(二)  同(四)の事実中、原告が被告会社の機械設計担当者六名中最も勤続年数が長いこと、被告が平成六年一月七日に客先の最終立会検査を受ける予定の装置そのほかの幾つかの仕掛かりの装置を担当していたこと、被告が会社の業績不振を理由に原告を解雇したことは認めるが、その余の事実は否認する。

3  被告の抗弁

(一)  被告は、コンピュータ等の自動検査システム及び電気機器生産用自動化設備の設計、製造販売を業とする会社であるが、昨今の経済不況により、受注、売上げが急減し、そのため人員の削減、不採算部門の別法人化、新規顧客の開拓、部門の縮小、配転、借入金の返済猶予、役員の報酬カット、部課長に対する賃金カット、残業のカット、一時帰休、終業時間の繰り上げ、昇給昇格の停止、平成五年一二月分の賞与の不支給など、考えられる限りの経営改善努力をなし、その結果、従業員の数も平成三年九月当時で一一七名であったものが、本件解雇当時は四〇名にまで減少していたが、かかる厳しい経営努力によっても、依然として黒字経営に転ずる見込みが立たないところから、第二次の人員整理として、更に一〇名を整理解雇する必要が生じ、機械設計部門に所属する従業員のうち、かねてから設計者としての適格性に問題があり、他の従業員との協調性にも欠け、解雇しても業務に支障が生じないものと判断された原告を第二次人員整理の対象とすることとし、平成五年一二月二〇日、他の九名とともに、解雇したものであり、解雇に至る事情、解雇の理由の詳細は別紙一及び二のとおりである。

(二)  右のとおり、本件解雇は、整理解雇であるところ、被告会社は、深刻な経営危機に陥っていて人員整理の必要があったこと、被告会社は解雇を回避するため前記のとおりの相当な措置を講じたところ、それにも拘らず人員整理をしなければ、会社は経営危機から脱出できない事態に立ち至ったこと、被解雇者の選定基準は客観的かつ合理的なものであり、この基準に当てはめて原告を被解雇者にしたことにつき不公平な点はないことから、本件解雇は有効である。

4  抗弁に対する答弁

争う。その詳細は、別紙三(略)のとおりである。

理由

一  請求の原因(一)ないし(三)の事実は、当事者間に争いがない。

二  被告は、会社が経営危機に陥っていたところ、経営危機を脱するため、人員整理を含むあらゆる手段を講じたが、なお経営危機を脱するには至らなかったため、最後の手段として、第二次人員整理をすることとし、かねてから他の従業員との協調性にも欠け、設計者としての能力も劣る原告を含む会社に不要な人員一〇名を整理解雇することとし、本件解雇をしたものである旨主張し、いずれも成立(但し、〈証拠略〉については、原本の存在、成立とも)に争いのない(証拠略)、被告代表者尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、被告の抗弁一の事実が認められ、右認定に反する証拠はないところ、右認定の事実によれば、被告会社は、昨今の不況による受注、売上げの減少により、深刻な経営危機に見舞われたため、平成三年一〇月頃から、不要な人員の大幅な削減を含むあらゆる経営改善の努力をしたが、それでもなお黒字経営に転ずる見込みが立たないところから、残存人員四〇名中、なお不要の人員一〇名を削減することとし、技術部門の人員一一名についても、かねてから他の従業員との協調性に欠けるばかりでなく、技術者としての能力も他の従業員に比べて見劣りがする原告を含む不要の二名を整理解雇することとし、本件解雇をしたものであるから、本件整理解雇は有効であるといわなければならない。

よって、原告と被告との間の雇用契約は、平成五年一二月二〇日限り、解消したことになるから、本件解雇の意思表示が無効であることの確認並びに平成六年一月二一日以降の賃金の支払いを求める原告の請求は理由がなく、これを棄却すべきである。

三  原告は、被告会社で不当差別をされ、被告会社から不当解雇されたことが不法行為に該当するとして、これにより被った精神的苦痛に対する慰謝料の支払いを求めているが、本件全証拠をもってしても、原告が不当差別されたことを認めるに足りず、本件解雇が不当解雇に当たらないことは前認定、説示から明らかである。

四  以上の次第で、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 宇佐美隆男)

〈別紙一〉

第三(ママ) 被告の主張

一 被告の経営概況

1 被告(以下会社という)は昭和四九年七月設立された資本金二五〇〇万円の会社で、コンピュータ等の自動検査システム及び電気機器生産用自動化設備等の受注、設計、製造販売を業としている。

従業員規模は平成三年九月当時一一七名であったが、本件解雇通告当時は四〇名、平成六年三月二〇日時点においては二七名に減少した。

製品は大量生産方式によるものではなく、それぞれ構造、仕様の異なる単品ごとに、ユーザーの使用目的、仕様その他の要請に対応する設計を行って製造している。

2 長期にわたる日本経済の不況は公知の事実であるが、御他聞にもれず会社の業績も平成三年六月期決算以降、次のとおり急速に悪化した。

ア 平成二年六月期

売上 二一億七四九七万一〇六九円

当期利益 七〇万八七九四円

次期繰越利益 四五四万三九六五円

イ 平成三年六月期

売上 一九億一八九三万九三一二円

当期損失 一億〇一六一万六〇〇三円

次期繰越損失 九七〇七万二〇三八円

ウ 平成四年六月期

売上 一六億八六六八万五六八六円

当期損失 一七二三万五五三九円

次期繰越損失 一億一四三〇万七五七七円

エ 平成五年六月期

売上 八億八五八四万九八六〇円

当期損失 五三六五万二二七八円

次期繰越損失 一億六七九五万九八五五円

オ 平成六年六月期

売上高見込額 七億五〇〇〇万円

当期損失見込額 一億円

次期繰越損失見込額 二億六七〇〇万円

会社の資本金二五〇〇万円と対比すると、経営苦況の事実は歴然としている。

二 経営改善努力

1 人員削減

ア 経済不況に起因する客先からの受注減によって、過剰人員を擁するに至った会社は、平成三年一〇月から同年一二月にかけて、購買、営業、技術、製造、総務各部門を対象に、合計一二名(内、試用期間中で能力不足による解雇一名、パートタイマー五名)を解雇した。いずれも経営上の都合によるもので、勤務成績を考慮して実施したものである。当時原告も対象候補者の一人であったが、両親が死亡しているうえ実兄との不和が噂さされ、かつ後述のとおり協調性がなく職場で孤立している姿を気の毒に思って発令を見合わせた。

イ 右解雇時期にほぼ併行する平成三年一〇月から同三年一二月にかけて、会社の先行きに展望が開けないとして、一七名(社員九名、パートタイマー七名、アルバイト一名)が自己都合退職した。

その後も平成四年一月から同年一二月までさみだれ式に自己都合退職者が一一名(社員九名、パートタイマー二名)発生した。その他に懲戒解雇者一名役員辞任一名があり平成五年四月には総務、購買各一名(社員一名、パートタイマー一名)を解雇した。

ウ 平成五年七月には、業績向上に問題があった営業課長一名を解雇

エ 同年一二月二〇日には経営の都合により、原告を含む一〇名(社員七名、嘱託一名、パートタイマー二名)を平成五年一二月二九日付けで解雇する旨予告した。

これらの者は解雇の効力が発生する平成六年一月二〇日までの期間に相当する解雇予告手当を受領して平成五年一二月二九日解雇に応じた。

右解雇対象者一〇名の部門別区分は次のとおりである。

設計 二(原告と設計アシスタント女性一名)

製造 一

購買 五

総務 二

2 不採算部門の別法人化

平成三年一〇月から一二月にかけて実施した一二名の人員整理だけでは、会社存続が困難であったことから、同三年一二月三一日付けで次の部門を切り離して、平成四年一月一日より新会社を設立し、会社の従業員を移籍した。

ア (株)ワイ・イー・シー

電気設計部門中心 三〇名

イ サワ電子(株)

製造部門の大部分 一二名

移籍従業員合計四二名

3 新規顧客の開拓

受注減にあえぐ業者は、一般に受注単価切下げその他あらゆる手段で既存の客先から仕事を貰うべく、企業の存亡をかけて懸命な努力を払っている。そうした中で新規に客先を開拓し、取引業者として認知されることを意味する口座を開設することは至難の業であるが、会社は必死に営業努力を重ねて次の客先を新たに確保することが出来た。

横河メディカルシステム(株) 平成三年一二月

東芝エンジニアリング(株) 四年九月

ナノックス(株) 四年一二月

ソニー(株) 五年一〇月

しかし、すでに述べたように会社は客先から引き合いを受けた都度、単品ごとに見積り、受注する関係で、これらの新規顧客を開拓したからといって直ちに経営改善に連なる大幅受注増加に至らない。

4 部門の縮少、配転

総務部は平成五年一二月二〇日現在課長以下四名(部長職置かず)であったが、本件解雇後である平成五年一二月二九日以降、課長一名のみとなった。

他の三名の内一名(横塚)は購買部に配転して同部庶務を担当させ、その他の二名は交替制で受付業務を行っていたが、原告と同時期に解雇した。

5 借入金の返済猶予

会社は多額の借入金と業績悪化によって、元利金の返済に著しく窮していたが、困難かつ粘り強い交渉によって、平成五年四月から同七年三月までの二年間、元本三億八六三五万円の返済を猶予してもらうことができた。

6 役員報酬カット

株主総会で承認されている代表取締役の月額報酬一八〇万円、専務取締役の月額報酬一三〇万円を、平成二年から段階的に数次に亘って削減し、平成五年一二月二一日以降は代表取締役月額八〇万円(一〇〇万円カット)、専務取締役は月額八〇万円(五〇万円カット)まで減額している。

7 部課長に対する賃金カット

部課長等役職者に対しては、会社業績不振に一端の責任があるとし、以下のように賃金カットを実施した。

イ 平成四年一月二一日から四月二〇日まで

部長月額給料の五パーセントカット

ロ 平成四年一二月二一日から同五年六月二〇日まで

課長五パーセント、部長代理及び技師長一〇パーセント

部長一五パーセントカット

8 残業カット

一般的に企業が実施している経費節減対策を会社も励行していることは言うまでもない。そのほか人件費節減のため、平成五年一二月二一日以降、従業員に対し一切時間外勤務、休日出勤をしてはならないことを周知徹底し、かりに時間外勤務、休日勤務をしてもその賃金を保障しないことで従業員に対する実質賃金の減少をもたらしている。

9 一時帰休

仕事が減ったことにより、平成五年一月から同年三月にかけて、職種によって異なるが一週間ないし一か月の一時帰休を実施した。この間の賃金は六割補償した。

10 終業時間の繰上げ

会社は始業八時三〇分、終業一七時三〇分(休憩一時間一五分)実働七時間四五分の所定労働時間であったが、仕事不足のため平成五年三月二一日から八月二〇日までの五か月間、始業九時、終業一六時三〇分として、所定労働時間を一時間一五分短縮した。

11 昇給昇格の停止

会社の経営状況並びに受注状況を総合的に判断した結果、平成五年四月二一日からの従業員に対する定期昇給および昇格を中止した。

12 平成五年一二月の賞与不支給

従業員全員に対し、平成五年度冬季賞与は支給しなかった。

三 本件解雇理由

1 本件解雇は会社の懸命な前記経営改善努力にもかかわらず、赤字経営を続けて企業存亡の危機にある会社が、経営立て直しのためやむを得ず執った措置である。会社はこれらの経営改善策によっても黒字経営に転ずる見込みが立たないことから、かねて第二次人員整理の必要性について検討したが、平成五年一二月八日の経営会議において、同年七月一日から始まった第二〇期事業年度の上半期の売上高が、目標の五〇%に満たないことが明らかになり、もはや現状の人員を維持できないことから、一〇名を選んで同年一二月二〇日解雇予告することを決定した。解雇の対象となった者の担当業務については、その上司と協議のうえ、残された人員で十分消化できると判断したものである。

2 本件解雇前における部門別人員構成は次のとおり。

総務部 課長以下四名(部長職なし)

営業部 営業部長以下五名内女子一名

購買部 課長以下九名(部長職なし)

技術部 課長以下一一名(部長職なし。原告は同部所属)

製造部 課長以下八名(部長職なし)

取締役 三名(内非常勤一名)

右合計四〇名

本件解雇後の人員構成は次のとおり。

総務部 一名

営業部 五名

購買部 五名

技術部 九名(この後平成六年三月一名退職)

製造部 七名(この後平成六年一月二名退職)

取締役 三名

右合計三〇名

3 本件解雇と同時に発令された合計一〇名の人員整理の規模は、各部門ごとの業務の必要性、業務の量、質、残された人員の労働力の質等を勘案して部門ごとに人数枠を定め、部門ごとに整理対象者を決定した。

部門ごとの人員規模については次の事実を考慮している。

総務部

総務課長以下四名が存在したが課長だけを残す。三名中の二名は受付業務を担当したが、その業務を廃止して二名とも解雇する。残る一名は購買部へ配転

営業部

営業部は、売上高増加のため従来以上の積極的な営業活動を展開する必要があるため減員できないと決定

購買部

九名中の五名を解雇し、総務部から庶務担当者一名を受入れる。

技術部

一一名のうち、原告を含む二名を解雇する。

製造部

八名中の一名を解雇する。

4 技術部における人員整理対象者は次のとおり選定された。同部は従前課長以下一一名で構成されたが、機械設計を担当する七名と、電気回路の設計及びソフトウエアの考案を担当する四名の電気設計部門に分かれていた。両部門は同じ設計業務といっても作業内容が異質であり、かつ電気設計部門はむしろ増員の必要があった。これに対し機械設計部門は同部得意先からの受注内容が高度且つ短納期を要求される傾向がますます強まってきており、これに対応できる機械設計技術者は不足していた。一方原告およびアシスタント遠藤久美子の技術レベルで担当できる業務は減少しており、この二名は余剰人員となっており、両名を解雇の対象とすることになった。

機械設計部門に所属した者は次の七名である(略)。

なお原告は訴状請求原因第四項において機械設計担当六名(遠藤久美子を除外か)のうち、原告以外の全員を主任以上の役職につけて差別待遇したと主張するが、右のとおり誤りである。

5 原告は他人の意見に耳を藉そうとはせず自己の主張を押し通そうとし、協調性を欠いて社内で孤立していた。

社内で上司の意見を取入れないで、自分の考えを押し通した設計をして問題を起こすだけでなく、客先の意見に対しても同様の対処をして不良手直しを繰り返すことがあった。原告が訴状請求原因第五項で主張する事実は誤りであるが、原告の設計者たる適格性に問題があることを象徴するので、ここに事実を述べよう。

平成五年一〇月中旬、原告設計にかかる充電池検査装置が不良手直しを繰り返して客先の立合検査が不合格となった。営業担当者三井が原告に客先の改善要求を伝えたところ、原告が無視したため両者は口論になった。そこへ原告の上司である岡本主査が来て不具合点を具体的に指摘して(原告は難癖と主張)、改造を求めたところ、原告は不貞腐れた態度で話しを聞こうとしないばかりか、岡本の指示を無視したので、岡本は「ばかにしているのか」と言って原告の肩を一回押し、原告は三歩ほど後退した。この装置は客先に不具合ということで受取りを拒否され、その都度手直しを繰り返し、平成五年一二月やっと会社の手を離れたものである。尚この装置の当初の納期は八月二五日であった。この種の事案が会社の信用を失墜させることは当然であるほか、本来無用の手直しを繰り返すことで余分な出費を会社に強いることになる。

6 機械設計の場合、組立図を作成した段階でデザインレビューという手続を経ることになっている。構造や外観等に改善の余地があるか否か、社内で事前審査を行うもので、原則として岡本主査が実施する。しかるに原告作成図面に対する右手続において、岡本が不具合の点を指摘して改善を求めても、原告は自己の考えに固執して改めようとしなかったことが数回に及ぶ。

会社は客先との綿密な仕様打合わせを行って受注する。客先の要請をできるだけ尊重しなければ、今後の受注に障害をもたらす。原告は社内だけでなく客先との折衝においても自己の考えを押し通す態度のため、会社が客先から苦情を述べられたこともあった。

7 会社には製造部があり、機械の組立、加工は製造部が担当する。

設計者は、製造が図面のみで作成できるような設計図面を作成しなければならない。

しかし原告が設計を担当した個片図、組立図は、寸法の誤りがあったり、必要事項が記載されていない等、不備が目立ち、製造部門のみでは組立不能な例が多く見られた。

このようにミスが発生した時、社内的に赤伝票(通称「赤伝」という)を作成発行し、毎月赤伝の発生件数、損害金額を集計しているが、原告が発行する赤伝は、他の機械設計担当者に比べて著しく高率であった。

赤伝作成事案は、設計手直し部品、再製、再組立等に余分な経費を要し、製造原価見積を超過するなどの損害を生ずる。

原告の前記設計ミスの反復等により、会社が取得する付加価値たる設計料よりも、原告に関する人件費負担が上回る事態も生じた。

このことからして、原告の設計者としての能力が著しく低いということができる。

8 会社は前述の如き原告の設計能力を考慮し、平成四年一月以降受注オーダーの設計担当から極力はずし、会社の責任の範囲内で処理可能な自社商品を開発する試作研究品の設計を担当させることが多かった。

それら試作研究品の多くは、必ずしも商品として発売できる見込みがあったわけではないが、極力原告の解雇を回避しようとする意図から担当させたものである。

しかし原告は自らの能力不足を自覚せず、これらの商品開発オーダーにおいても、満足な成果を上げることができなかった。

四 原告の人間性の補足

1 設計者に要求される資質のひとつとして、感性を挙げることができる。残念ながら原告はこの特性を有しないばかりか、かえって図面の不良箇所を指摘すると、必ずと言って良いほど自分がいじめられている錯覚に陥り、時には「自分の過去を言い触らすババアがいて、会社の人に告げ口をしており、それが自分の人生を狂わしている」など不思議な話しを口走ることがあり、情緒ないしは精神状態が不安定であった。

2 原告が前記のとおりの勤務成績と非協調性を維持する限り、役付職員に昇格させるすべもない。原告は訴状請求原因第四項で、自己を役職者にしないことが差別待遇と主張するが、昇格問題は会社の人事権の裁量に属する事項で、しかも昇格させないことに前記合理的理由がある。

また訴状請求原因第六項で、原告の席が最前列に置かれたことにより、監視される恐怖感をうけている旨主張するが、最前列に原告の席を配置したことはなく、前記情緒ないし精神状態の不安定を裏付けるものであろう。

3 平成四年五月一一日町田市役所職員が来社して、原告について問い合わせを受けたことがある。それによると原告の個人的情報が広く世間に知れ渡っているのは基本的人権を守るべき町田市市長の職務怠慢であり、その理由により市長を告訴するという趣旨の手紙を同市長宛てに発したとのことであった。手紙の発信自体の当否を問題にする気持は毛頭ないが、通常人のとるべき行為か一抹の疑問が残る。

五 その他

1 本件解雇通告当時、原告は仕掛かり中の作業を持っていた。ひとつは平成六年一月七日客先の最終立会検査予定の装置である。本来仕掛中の仕事を他の担当者に引継ぐのは困難な事であるが、原告担当の仕掛品を他の設計担当者へ引継ぐのは充分可能であった。

他の仕掛かり装置数件は、社内開発商品で納期もなく、その内容も他の設計者に容易に引継ぐことができたものである。

2 平成五年一二月初めころ、技術者候補二名と面接した事実は原告主張のとおりである。

会社の発展は優秀な技術者の有無にかかっていることから、平成元年六月リクルート人材センター(株)と電気、電子、ソフト機械設計関係技術者紹介に関する契約を締結した。その内容は会社が採用を希望する定数に応じた料金を支払うと、定数に達するまで同人材センターが随時候補者を紹介し、採用された場合は一名ごとに約定手数料を支払うというものである。この契約が更新(但し手数料算定方式が変更)されているため、同人材センターの通常業務の一環として紹介された二名が面接に来社したものである。右二名は機械設計者ではなく、会社が増員を必要とする電子関係技術者で、それゆえ原告主張のごとく平成六年一月採用予定ではなく、適材ならば一二月中でも採用する用意があったが、諸般の事情で採用するに至らなかった。

3 雇用契約時に被告が、二〇年も勤めれば社長になれるかも知れないと述べたとの原告主張は、そのほか一生懸命誠実に勤務して社内は勿論対外的にも信頼を高め、会社の発展に大きく貢献したならばという前提部分を欠落している点に誤りがある。

このような発言内容が社長就任を保証する労働条件になり得ないことは一見明白である。

それはともあれ原告の勤務ぶりに問題があったことから、平成三年一〇月から一二月にかけて一一名を人員整理したとき、原告は役員会において解雇対象者に含まれていた。しかし原告の両親が死亡して実兄と不仲であり、社内で孤立して気の毒という温情が災いして、発令に至らなかったことについてはすでに述べた。

4 本件解雇に際して、会社は事前に原告が設計者としての適性を欠いている事実を指摘し、他の職種に変われば力量を発揮する余地があると述べ、原告も納得して円満に解雇に応じた。原告は解雇通告を受けた際平成三年暮れの人員整理時に解雇されると思っていたと述べている。本件解雇前後において、会社に対する原告の苦情や異議はなく、社内のあいさつ回りのとき、迷惑を掛けて申訳なかったと他の従業員に発言したこともあると聞いている。

また退職日に会社規定の退職金と解雇予告手当を支払った際、「こんなにもらっても良いのか」と発言した事実がある。

5 以上によれば原告が主張する労働条件違反、解雇権の濫用、不当な差別待遇及び精神的苦痛等はいずれも理由がなく、本訴請求は棄却を免れない。

〈別紙二〉

第二(ママ) 原告の右反論書(略)に対する被告の主張

一 原告は反論書の冒頭部分において、「原告の人生全般において決定的な作用を及ぼす処の原告に関するプライベートな不可思議事項が存在し、このことの詳細―中略―を原告は知らなくして世間の方々はご存知である」こと、「今回のような訴訟を起こしましたのもあわよくばこの不可思議事項が明らかになり、原告の人生が好転して行くようにという願いもあり」と述べている。類似の見解は原告が町田市長に発した手紙(反論書添付)にも、「私のことは広く隠れて周知のことで」、「本人の知らないこと(どうも私が戦災孤児らしいこと)等が六十余州あまねく知られているらしきこと」、「この様な社会の陰湿な圧力は不当」である背景にはトリックがあって「実は甲田の家と親戚であるとなっている君塚なる家があります。これが実は親戚なぞではなくとんでもないくわせ者で、―中略―勤務先の会社を影であやつっているのです。そういう恐ろしい力、権力を持っている」とか、車を盗まれたことに関して、「警察はへたに犯人をあげてら謎がバレちまうと思っている」等と記載されている。

原告の主張する不可思議事項とは、原告の精神状態に起因する妄想又は幻覚にほかならず、被告自身にとっても不可解である。

二 原告は被告会社に勤務中、幾度となく原告の過去を言い触らす「ババー」(反論書添付住民票の人物か?)が存在して、原告の行く先々で邪魔をしていると口走っていた。一般従業員のほか、被告会社代表者は一回、専務取締役樋口勝男、営業部長角博光は各数回聞かされている。典型的な発言内容を述べると、原告入社後一年以内に角営業部長と客先に行った際の車中で、結婚はどうするのかとの質問に対し、「考えているけど私にはババーがいるので、その人が生きている間は結婚は難しい」と述べ、「ババーというのは何ですか」との問には、「エヘヘ、角さんなら先刻御存知でしょう。この人は自分が立ち回る先々で自分のことをあることないこと言い触らしている人です」と答え、角は異様な雰囲気を感じて話題を変えた。その数か月後、前回同様の二人が車内の会話で原告から「ババー」の言葉が出たので、角がババーとは何かと尋ねると、「市川に住んでいて自分の親戚のように言っているが本当かどうか分からない。すごい力のある人で市長だろうが越後社長(被告会社代表者)であろうが自由に操ることができる人だ。角さんも当然知っているでしょう」と述べ、角は前回同様話題を転じた。

平成五年中においても、被告会社役員室で樋口専務と原告が開発商品の設計図面を検討中、図面の不備を指摘された原告が突如ババーがどうとか言い出したので、樋口が仕事と無関係なことを言うなとたしなめている。

三 被告会社は原告のこの種の発言に対して、解雇理由と考えたことはないが、右発言が他の従業員に不気味な感じを与えたことにより、原告が孤立したことは否めない。平成五年二月ころ包丁研ぎ器の開発を命じられた原告が、各種包丁を取り揃えて作業をしている姿を見た設計部門の従業員が、薄気味悪いから直ちに作業をやめさせて欲しいと被告会社専務取締役に申し出たため、中止させた事実もある。

四 平成二年六月期決算(〈証拠略〉)における売上高約二一億七四九七万円に対し、当期利益が約七一万円と少ないのは経営姿勢に問題があるとの原告主張については、当期の売上総利益率が一一・九%で、目標の二一・二%に遠く及ばなかった。

被告会社の懸命な経営改善努力が効を奏しなかったことは遺憾であるが、従業員にも責任の一半がある。とくに他の設計担当者に比べて技術水準が劣り、設計合計金額が極めて低いうえ、見積設計時間を著しく超過し、そのうえ不良設計を行って赤伝票を切った回数が著しい原告が、被告会社の経営姿勢を問題にする資格はない。

五 前記平成二年六月期の売上高約二一億七〇〇〇万円の内容を見ると、電気設計が関連する電気関係機器が圧倒的割合を占め、機械設計部門の占める比率は僅少であった。そのため電気設計部門において外注加工費が上昇して抑制の努力をしたのに対し、機械設計部門では外注依存度が低いことは当然の成り行きであった。その後不況に伴って受注量全般が低下したことに加え、従来ドル箱的な存在であったディスク関連設備の受注が極端に落ち込み、機械設計分野の比率が相対的に増加する傾向となった。

原告は社外外注設計を非難するが、社内設計と外注設計のいずれかを選択する基準は〈1〉受注業務の納期、予算、難易度等を総合的に判断するほか、〈2〉労基法三六条が定める労使間の時間外協定の遵守を考慮する必要がある。

原告が外注に設計依頼をした例の少ない原因は、原告の技術水準が劣っていることが最大の理由である。そのため原告に与える作業は外注依頼するほどの量に至らず、かつ外注設計を必要としない容易な設計作業にとどまった。

六 原告の技術水準が低いこと、設計売上高が少ないこと、見積設計時間を著しく超過し、かつ不良設計で赤伝票を切った回数の多いことは、別に書証として提出するが、機械設計部門で原告同様役付職員ではない笠原係員、及び原告が主任に発令されないのは不当と発言していたことから安倍主任との作業状況を比較すると次のとおりで、被告会社に対する原告の貢献度の少ないことは歴然としている。

(平成四年九月一日から同五年一二月二九日までの期間で集計)

1 オーダー件数

原告 四〇件

笠原篤宏 七九件

安倍繁 九六件

2 担当した仕事の受注金額と件数(実績設計工数五〇時間以上のものを抽出。以下同じ)

原告 二五四五万九二二〇円(五件)

笠原 八〇五六万一〇〇〇円(九件)

安倍 一億一二三一万六八〇〇円(一八件)

3 赤伝発行件数

原告 五七枚 一九七件

笠原 二五枚 七七件

安倍 ゼロ ゼロ

4 見積書の設計工数と実績設計工数の比較

氏名 見積設計工数合計 実績設計工数合計

原告 六七八時間 七四〇・〇〇時間

笠原 一八七五時間 一一九一・二〇時間

安倍 二一六九時間 一六三六・三八時間

備考

見積書に記載した設計工数分しか入金しないため、実績工数がこれを超過すると会社の損失となる。

七 平成三年一〇月当時、原告とその実兄の不和が噂となったとの被告主張が誤りと原告は述べている。その時期に誤認があった可能性を被告は否定しないが、右時期において原告が社内で孤立している姿をみるとき、解雇して他企業に再就職しても、同じ結果になることは明白で、気の毒との思いが平成三年一〇月から一二月にかけての解雇を思いとどまらせたものである。

原告が現在入居している建物の賃貸借契約に際しては、被告会社代表者が印鑑証明書を提出して保証人となった。本件訴えを提起された時点で保証人変更を申し入れる手段も考えたが、原告を窮地に陥れることはしのびないとの思いで、右変更申入れをしていない。

八 反論書三枚目末尾記載の充電池検査装置の立会い検査(平成五年一〇月中旬)が、装置未完成のためこの時期に行なわれるはずがないとの記載については、同年一〇月一二日客先NEC三塚氏と原告を含む被告会社職員四名が立会って検査し、手直しのうえ一〇月二〇日納入する合意をした事実を証明する文書等を書証として提出する。

また原告は自己が担当する装置はリピート品でないと主張するが(反論書四枚目五行以下)、被告会社の受注製品のほとんど全部がリピート品でなく、したがって他の設計者も同一条件である。

九 反論書五枚目中程の自社商品開発に関する原告の関与については、当時原告の技術力を考えると、与える仕事が殆ど存在しない状況であった。平成五年一月から三月にかけて、職種により異なるが、一週間ないし一か月の一時帰休を実施したことは答弁書六枚目裏に記載したとおりであるが、このとき設計部門で一時帰休の対象となった者は、原告と設計アシスタント遠藤久美子の二名だけであったことは、原告の存在価値を如実に物語る事実と言えよう。右背景事情の中で種々の商品開発業務を命じたが、主な目的は原告を遊ばせないよう、なんらかの仕事を与えることにあった。

しかし原告は徒らに延々と時間を費やしたのみで新商品開発に対する意欲も問題意識もなく、完成度の低い設計しかできなかった。なんとかして一人前の設計者に育てたいという被告の熱い期待と思いやりに応えてもらえなかったことは、被告にとって誠に残念というほかはない。

一〇 原告の席を常に最前列に置いて、監視される恐怖感を与えたとの原告主張については、通常管理監督者が部下を監督しようとする場合、自席の直前等にその部下の机を置き、一挙手一投足を容易に視認できるようにすると思われる。

だが被告会社において原告の机を右のごとき位置に置いた例はなく、管理監督者から離れた地位相当の場所に原告の机を配置した。これに関する原告主張は被害妄想以外の何ものでもなかろう。(以上別紙二)

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